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荒川正晴


荒川正晴
2006-05-12 18:16:55 阅读
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荒川正晴研究業績一覧
                                                           
(A) 著書
(1)『オアシス国家とキャラヴァン交易』山川出版社、2003年12月。  

(B)論文
(1)「唐代敦煌に於ける糴買について-ペリオ3348号文書を中心として-」『早稲田大学文学研究科紀要』別冊8、1982年3月、191-200頁。
(2)「麹氏高昌国の官制について」『史観』109、1983年9月、29-43頁。
(3)「麹氏高昌国における郡県制の性格をめぐって-主としてトゥルファン出土資料による-」『史学雑誌』95-3、1986年3月、37-74頁。
     (昭和61年度流沙海西奨学会賞受賞)
(4)「唐代河西の吐谷渾と墨離」『内陸アジア史研究』3、1986年3月、50-62頁。
(5)「唐の中央アジア支配と墨離の吐谷渾(上)-トゥルファン・アスターナ出土の豆盧軍牒の検討を中心として-」『史滴』9、1988年1月、25-48頁。
(6)「唐の中央アジア支配と墨離の吐谷渾(下)-主に墨離軍の性格をめぐって-」『史滴』10、1989年1月、19-42頁。
(7)「唐河西以西の伝馬坊と長行坊」『東洋学報』70-3・4、1989年3月、31-63頁。
(8)「麹氏高昌国の遠行車牛について(1)・(2)-「高昌某年傳始昌等縣車牛子名及給價文書」の検討を中心にして-」『吐魯番出土文物研究会会報』16・17、1989年7月、77-88頁。
(9)「トゥルファン出土「麹氏高昌国時代ソグド文女奴隷売買文書」の理解をめぐって」『内陸アジア言語の研究』Ⅴ、1990年3月、137-153頁。
(10)「スタイン将来「蒲昌群文書」の検討-Ast.Ⅲ.3.07,08,037号文書の分析を中心にして-」『西北史地』1990年第2期、1990年6月、23-34頁。
(中文訳)
   「関于斯坦因《蒲昌群文書》的研究-以Ast.Ⅲ.3.07,08,037号文書的分析為中心-」『西北史地』1990年第2期、1990年6月、35-39頁。
(11)「西域出土文書に見える凾馬について(上)・(下)」『吐魯番出土文物研究会会報』40・41、1990年7月、215-223頁。
(12)「唐の対西域布帛輸送と客商の活動について」『東洋学報』72-3・4、1992年3月、31-63頁。
(中文訳)
  ①「唐政府対西域布帛的運送及客商的活動」『敦煌学輯刊』1993年第2期、     1993年12月、108-0118頁。
  ②「関于唐向西域輸送布帛与客商的関係」『魏晋南北朝隋唐史資料』16、1998年7月、342-353頁。
(13)「唐代駅伝制度の構造とその運用(Ⅰ~Ⅴ)」『吐魯番出土文物研究会会報』78-83、1992年8-12月、435-470頁。
(14)「中央アジア地域における唐の交通運用について」『東洋史研究』52-2、1993年9月、23-51頁。
(15)「トゥルファンの棉布生産とその流通」『アジアにおける国際交流と地域文化』(平成4-5年度科研費研究成果報告書)、1994年3月、56-59頁。
(16)「トゥルファン出土漢文文書に見えるulaγについて」『内陸アジア言語の研究』Ⅸ、1994年6月、1-25頁。
(中文訳)
   「関于吐魯番出土漢文文書中的ulaγ」『出土文献研究』3、1998年10月、198-211頁。
(17)「唐代コータン地域のulaγについて-マザル=ターク出土、ulaγ関係文書の分析を中心にして-」『龍谷史壇』103・104、1994年12月、17-38頁。
(中文訳)
   「唐代于?的“烏駱”-以tagh麻扎出土有関文書的分析為中心-」『西域研究』1995年第1期、1995年3月、66-76頁。
(18)「北庭都護府の輪台県と長行坊-アスターナ506号墓出土、長行坊関係文書の検討を中心として-」『小田義久博士還暦記念東洋史論集』1995年7月、    93-126頁。
(19)「クチャ出土「孔目司文書」攷」『古代文化』49、1997年3月、1-18頁。
(20)「唐代トゥルファン高昌城周辺の水利開発と非漢人住民」『近世・近代中国および周辺地域における諸民族の移動と地域開発』1997年3月、49-64頁。
(21)「唐の州県百姓と過所の発給-唐代過所・公験文書箚記(1)-」『史観』137、1997年9月、4-18頁。
(22)「唐帝国とソグド人の交易活動」『東洋史研究』56-3、1997年12月、171-204頁。
(中文訳)
     「唐帝国和粟特人的交易活動」『敦煌研究』2002-3、2002年9月、81-91頁。
(23)「北朝隋・唐代における「薩寶」の性格をめぐって」『東洋史苑』50・51、1998年1月、164-186頁。
(24)「ソグド人の移住聚落と東方交易活動」『岩波講座世界歴史』15(商人と市場)、1999年3月、81-103頁。
(25)「唐朝の交通システム」『大阪大学大学院文学研究科紀要』40、2000年3月、199-335頁。
(26)「ヤールホト古墓群新出の墓表・墓誌をめぐって」『シルクロード学研究紀要』10、2000年11月、160-168頁。
(27)「魏晋南北朝隋唐期の通過公証制度と商人の移動」『中国の歴史世界-統合のシステムと多元的発展』東京都立大学出版社、2002年3月、337-349頁。
(28)The Transit Permit System of the Tang Empire and the Passage of Merchants, The Memoirs of the Toyo Bunko, 59, 2002.3, pp. 1-21.
(29)「長行馬文書攷-英国図書館所蔵文書を中心として-」『日中律令制の諸相』東方書店、2002年3月、379-405頁。
(30)「トゥルファン漢人の冥界観と仏教信仰」『中央アジア出土文物論叢』朋友書店、2004年3月、111-126頁。
(31)Passports to the Other World:Transformations of Religious Beliefs among  the Chinese in Turfan (Fourth to Eighth Centuries), ). D. Durkin-Meisterernst et al.  (eds.), Turfan Revisited -The First Century of Research into the Arts and Cultures  of the Silk Road ,Berlin, 2004,pp.9-21+1pl.
(32)「道路、国家与商人」『読書』304、北京、2004年7月、160-165頁。
(33)「唐代前半の胡漢商人と帛練の流通」『唐代史研究』7、2004年8  月、17-59頁。
(34)“Sogdian merchants and Chinese Han merchants during the Tang Dynasty”,in: E. de la Vaissiere and E. Trombert (eds.), Les Sogdiens en Chine, Paris,2005,pp. 231-242.
(35)「唐代粟特商人与漢族商人」『粟特人在中国-歴史、考古、語言的新探索』(『法国漢学』第10輯)中華書局, 2005.12, pp.101-109.
(36)「北朝隋唐初の在俗仏教信徒と五道大神」『中国学の十字路─加地伸行博士古稀記念論集─』研文出版、2006年4月、509-523頁。


(B)調査報告・資料整理
(1)「阿斯塔那古墳群墳墓一覧表」『吐魯番出土文物研究会会報』8-10、1989年 3-4月、35-48頁。
(2)「哈拉和卓古墳群墳墓一覧表」『吐魯番出土文物研究会会報』11、1989年4月、49-52頁。
(3)「阿斯塔那古墳群墳墓一覧表-スタイン隊発掘墳墓-」『吐魯番出土文物研究会会報』14、1989年6月、65-67頁。
(4)「阿斯塔那・哈拉和卓古墳群墳墓一覧表」『中央アジア史の再検討-新出史料の基礎的研究-』(昭和63年度科学研究費補助金研究成果報告書)、
    1990年3月、59-87頁。
(中文訳)「阿斯塔那・哈拉和卓古墓群墓葬一覧表」『新疆文物』1992年第2期、1992年5月
(5)「新疆維吾爾自治区古代城址一覧表(Ⅰ)・(Ⅱ)・(Ⅲ)-黄文弼の調査報告を中心として-」『吐魯番出土文物研究会会報』26・27、1989年12    月、1990年6月、125-134頁。
(6)「阿斯塔那・哈拉和卓古墳群墳墓一覧補訂」『吐魯番出土文物研究会会報』53、1991年1月、1-4頁。
(7)『吐魯番出土文物研究情報集録-吐魯番出土文物研究会会報 1-50号-』平成2年度科学研究費補助金〔中央ユーラシア諸民族の歴史・文化に関する国際共同研究の企画・立案〕成果報告書 №2、1991年3月
(8)「南疆遺跡参観報告」『内陸アジア史研究』7・8、1992年10月、10-20頁。
(9)「吐魯番・烏魯木斉周辺地域の史跡について」『内陸アジア史研究』7・8、1992年10月、66-93頁。
(10)「北疆遺跡参観報告」『内陸アジア史研究』9、1993年9月、24-35頁。

(11)「トゥルファン漢文文書閲覧雑記」『内陸アジア史研究』9、1993年9月、79-93頁。
(12)「Л=И=チュグイェフスキー「ソ連邦科学アカデミー東洋学研究所所蔵、敦煌写本における官印と寺印」」『吐魯番出土文物研究会会報』98・99、
    1994年4月、561-574頁。
(13)「ヤールホト古墓群の墓表・墓誌」『中国新疆・トゥルファン地区の総合的調査』(科研・国際学術研究中間報告書)1996年8月、19-27頁。
(14)(共著)「トゥルファン出土文書調査記」『唐代史研究』3、2000年6月、59-74頁。
(15)『トゥルファン出土文書および関連伴出資料の調査』(平成12~14年度科学研究費補助金<基盤研究B-1>研究成果報告書、研究代表、荒川正晴)、2003年3月、ⅲ+197頁。

(C)書評
(1)「玉木重輝著『高昌国物語』」『東西交渉』17&#65380;1986年3月、30頁。
(2)「東山健吾著『敦煌行』」『東西交渉』19&#65380;1986年9月、35頁。
(3)「銭伯泉「従祀部文書看高昌麹氏王朝時期的?教及粟特九姓胡人」」『吐魯番出土文物研究会会報』78、1992年7月、434頁。
(4)「魯才全「唐代前期西州的驛馬驛田驛牆諸問題-吐魯番所出館驛文書研究之二-」」『吐魯番出土文物研究会会報』81、1992年10月、456頁。
(5)「林梅村「粟特文買婢契与絲綢之路上的女奴貿易」」『吐魯番出土文物研究会会報』100、1994年5月、580-582頁。
(6)「山田信夫著、小田壽典&#12539;P.ツィーメ&#12539;梅村坦&#12539;森安孝夫編『ウイグル文契約文書集成』Ⅰ&#12539;Ⅱ&#12539;Ⅲ」『史学雑誌』103-8、1994年8月、109-119頁。

(D)学界展望
(1)「1988年の歴史学界 -回顧と展望-(内陸アジア 1)」『史学雑誌』98-5、1989年5月、頁
(2)「1988&#12539;日本の吐魯番学瞥見」『吐魯番出土文物研究会会報』15&#65380;1989年6月、71-74頁。
(3)Studies on Inner Asia Ⅰ:The Pre-Mongol Period, Historical Studies in Japan(Ⅷ)1988-1992,Tokyo,1996,pp.167-173.
(4)「最近五年(1993~1998)日本的唐代学術研究概況-敦煌&#12539;吐魯番学-」『中国唐代学会会刊』9、1998年11月、181-198頁。
(5)「近年の日本におけるトゥルファン研究-漢語文献を中心にして-」『中央アジア研究』6号、2001年12月、65-89頁。

(E)その他
(1)山本弘道共著「文献案内」(護雅夫他著『読書マップ&#12539;シルクロード』所収 筑摩書房&#65380;1983年7月、1-60頁
(2)「中国主要遺跡ガイド( 楼蘭故城&#12539;交河故城&#12539;高昌故城&#12539;アスターナ古墓群&#12539;タクラマカン沙漠の石窟寺院)」『しにか』7-1、1996年1月、64-73頁。
(3)「出土史料より見た高昌国の仏教」『文化遺産』4、1997年10月、55-58頁。
(4)「トゥルファン文書を読み解く-文書に見える冥界の姿-」『しにか』9-7、1998年7月、58-63頁。
(5)「大谷探検隊とその将来品、第3部 研究最前線&#65381;&#65381;&#65381;衣物疏」『本願寺新報』2002年9月1日(7面)
(5)「コータンの「木ぶり」と「根ばり」」『史滴』26、2004年12月、1頁。

(F)口頭発表
(1)“The Post Horse System in Turfan and Dunhuang during the Tang Pe-riod”第31回国際アジア&#12539;北アフリカ人文科学会議、1983年9月 
(発表要旨)The Post Horse System in Turfan and Dunhuang during the Tang Period Proceedings of the Thirty First International Congress of Human Sciences in Asia and North Africa.Ⅱ. The Toho Gakkai ,1984.    3
(2)「唐代敦煌&#12539;吐魯番の馬坊について」早稲田大学史学会、1983年10月
(3)「麹氏高昌国の城邑支配について」東京大学史学会、1984年11月
(4)「トゥルファン&#12539;アスターナ出土(72TAM225)の豆盧軍牒」内陸アジア史学会、1985年11月
(5)「唐の中央アジア支配と軍物輸送」内陸アジア史学会、1990年11月
(6)「唐代中央アジア地域の交通制度」唐代史研究会、夏期シンポジュウム、1991年7月
(7)「引落(ulaγ)考」中亜史学会大会、蘭州、1992年9月
(8)「唐代遞送システムの構造とその運用」京都大学東洋史研究会、1995年11月
(9)「唐の「過所」と「公験」-トゥルファン出土文書の検討を中心として-」東方学会総会、1997年11月
(要旨)『東方学』95、1998年1月、160-161頁。
(10)「魏晋南北朝隋唐期の通過公証制度と商人の移動」第1回中国史学国際会議、2000年9月
(11)「唐の中央アジア支配とオアシス国家」シルクロード国際シンポジウム-  甦るシルクロード-、2001年11月
(12)Passports to the Other World -- Transformations of Religious Beliefs among    Chinese in Turfan (4c. - 8c.), Turfan Revisited -The First Century of Research into the Arts and Culture of the Silk Road ,Berlin, 2002.9
(13)「唐代における人の移動と貨幣(絹&#12539;銭)の流通」唐代史研究会夏期シンポジウム、新潟、2003年8月26日。
(14)「中央アジア、トゥルファン漢人の仏教信仰と冥界観」超域研究機構プロジェクト研究例会、新潟大学、2003年11月21日。
(15)Sogdian Merchants and Chinese Han Merchants During the Tang Dynasty, Les Sogdiens en Chine,Beijing,2004.4.
(16)「トゥルファン文書の世界-高昌国における税役の検討を中心にして-」龍谷大学文学研究科院生協議会主催学術講演会,2004年11月17日
(17)「トゥルファン漢人支配期(6-8c.)の税&#12539;役について」第50回国際東方学者会議SymposiumⅡ「前近代中央アジアにおける税役」, 2005年5月20日.
编辑:乌云高娃


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